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社史沿革

<私の人生論>『高野山大僧正の叔父に教えられて』

田尾有海(ありみ)[アリミノ化学KK社長]

昭和40年前後の業界誌に掲載された、創業者 田尾有海の記事。
(「美容界」より記事抜粋/(株)女性モード社刊)

アリミノ創業者 田尾有海(ありみ)

(中略)ぼくの人生の場合、第二次大戦によって大きく線が引かれ、経営者としては大きく2つの人生を歩いてきたわけであるが、ぼくが常に心がけて来たことは坊主の叔父に常にいわれていた、“まず相手を傷つけたりめいわくをかけないことを第一番に考えよ。人を助けるということは次のことである”ということである。
そしてぼくの生き方は、“約束”は契約書より守るということである。それほど義理人情というものは大切にしているが、しかし、商売の場合一歩も引かないファイトは持っている。

よく社員には、土俵に上がったら48手はどれを使ってもいい。しかし、それ以外の手でうまいことをいったり、ごまかしたりしてまで勝とうと思うな。そういう生き方、仕事っぷりをしてくれ、といっている。(中略)だからぼくの人生の格言としては、簡単なことかも知れないが、“愛情・誠実・努力”の3つを常に胸にきざんでいる。従業員には愛情を、お得意には誠実を、経営者としての自分は努力を、ということを常に忘れずに今まで生きて来たつもりであるし、今後もそうありたいと思っている。

1945年
(昭和20年)

太平洋戦争、終結。敗戦。物資が窮乏する混乱期。そんな中、1940年あたりに出されたパーマネント禁止令も解け、パーマヘアへの熱が高まる。当時は、毛髪に電気ヒーターで熱を与えてウェーブをつくる方法。しかし電気事情が悪いため、代用として炭火でカーボンを焼き、その熱でかける“カーボンパーマ”なるものまで出た。

株式会社アリミノの創業者 田尾有海は、戦争が激化する以前は東京日本橋でクリームなどの化粧品製造・販売を手がけていた。戦後、焼野原で懸命に生きるモンペ姿の女性たちを見るにつけ、「この女性たちが少しでも美しくなりたいと思ったとき、日本は必ず立ち直るだろう」と考え、当時は毛髪関連の市場では専門メーカーもなかったことから毛髪に的を絞り、ヘア化粧品製造への決意を固める。友誼を頼って理化学研究所を訪ね、パーマネント用薬品の研究を依頼。会社創立に向けて踏み出した、第一歩だった。

1946年
(昭和21年)
  • 3月27日、アリミノ美容化学研究所創立(東京都新宿区中井)。
  • 電髪パーマ用剤、日本初「粉末ソリューション」発売。
1948年
(昭和23年)
  • 社屋隣接の敷地に、新工場を建設、移転。
1950年
(昭和25年)
  • 3月6日、「アリミノ化学株式会社」に社名を変更し、法人組織となる。
    資本金50万円。当時の社員数12名。年商672万円。
  • 6月、日本で初めてのコールドウェーブローション「アリミノ・コールドウェーブ乳液」発売。現在のパーマの原型をつくる。
1951年
(昭和26年)
  • 「アリミノ会館」を東京都豊島区椎名町に建設。
1952年
(昭和27年)
  • 現在地(新宿区下落合1丁目)に本社移転。
  • 日本で初めてとなるエアゾール式ヘアスプレー「スプレーネット」発売。
1953年
(昭和28年)
  • 日本コールドウェーブ液協同組合が発足。田尾有海が初代理事長に就任。
  • 田尾有海、世界の美容業界視察のため単身渡米。ヘレンカーチス社を訪問。
  • アリミノ化学株式会社としてコールドウェーブ液の特許を申請(第210553号)。
1954年
(昭和29年)
  • 米国ヘレンカーチス社と技術提携契約を結ぶ。
1955年
(昭和30年)
  • アリミノ独自の処方によるコールドウェーブ液特許(第210553号)許可。
  • 「日本ヘレンカーチス社」設立、田尾有海が社長に就任。
  • 新アリミノ会館落成(新宿区戸塚町)。
  • この年、米国セールスアフリエイツ社のコールドウェーブ液特許侵害訴訟で、製品販売の停止処分を受けるが、アリミノ製品の独自特許が認められ勝訴。このとき外貨の不当な流出を未然に防いだ功績により、田尾有海社長、日本学士会から表彰される。
1956年
(昭和31年)
  • ヘアカラー第1号「トルートン」を日本で初めて発売。
    サロンの新しい営業種目をつくり出したことで、大きく評価される。
1959年
(昭和34年)
  • 田尾有海社長、紺綬褒賞受賞。
1960年
(昭和35年)
  • 大阪営業所開設。
  • 日本ヘアダイ工業会が設立され、田尾有海社長が初代理事長に就任。
1962年
(昭和37年)
  • 田尾有海社長、日本学士会の名誉会員に推挙され、アカデミア賞受賞。
1964年
(昭和39年)
  • 9月30日に挙式された常陸宮華子妃のお色直し用として、水を使わず短時間で拭き取れる特殊油脂びんつけ剤をマリールイズ氏よりの依頼で研究・完成。
1965年
(昭和40年)
  • 第1回アリミノ全国ヘアスタイルコンテスト開催。
  • ヘレンカーチス社との技術提携契約を解除。
1966年
(昭和41年)
  • 台湾愛麗美娜化学有限公司と技術援助契約を結ぶ。
  • 札幌営業所開設。
1967年
(昭和42年)
  • 田尾有海社長、全美商連より長尾賞受賞。
  • 新社屋ビルの建設着工(東京都新宿区下落合の本社敷地)。
1968年
(昭和43年)
  • 5月24日、アリミノ創立者 田尾有海社長 急逝。勲五等叙勲(6月)。
  • 田尾有一、二代目社長就任。
  • 7月、本社ビル完成
    1・2階:工場
    3階:社長室・役員室・事務室・会議室
    4階:研究室・美容室・美容トレーニングルーム
    5階:講堂と一部社員食堂
    6階:美容師の方の無料宿泊施設と女子社員独身寮
  • 第4回アリミノ全国ヘアスタイルコンテスト開催。
1969年
(昭和44年)
  • 名古屋営業所開設。
1970年
(昭和45年)
  • 福岡営業所開設。
1972年
(昭和47年)
  • 第1回秋の美容祭典を開催。
    同時に全国ヘアカラーコンテストもおこない話題を呼ぶ。以後しばらく恒例イベントとなる。
1975年
(昭和50年)
  • 「アリミノサロン開発」新設、東京原宿に事務所開設。
  • 「二浴式コールドパーマで死亡者が出る」など誹謗を自社の一浴式コールド液の宣伝広告に掲載した会社に対し、アリミノ化学(株)・(株)小林コーセー・(株)セフティの三社が告訴。日本コールドウェーブ液工業組合も全面的に三社を支援。(訴訟は後日、告訴された会社社長より謝罪文、誓約書をとって和解)。
1976年
(昭和51年)
  • 4月、社名を「株式会社アリミノ」に変更。
  • 6月、アリミノ創立30周年記念パーティを帝国ホテルで開催。
    同時に「アリミノ美容祭典」も開催
1977年
(昭和52年)
  • 埼玉県東松山工業団地に工場用地取得(13,000坪)
1978年
(昭和53年)
  • アリミノUSA設立。
  • 日中親善美容ショーを台北の円山大飯店で開催。
  • 日本パーマネントウェーブ液工業組合理事長に、田尾有一社長就任。
1979年
(昭和54年)
  • 80年代の戦略商品「ギャルスニッポン」シリーズを発表。
  • 「ギャルスニッポン・マガジン」を創刊、記念パーティをホテルオークラで開催。
1980年
(昭和55年)
  • 日本パーマネントウェーブ液工業組合理事長に、田尾有一社長再選。
1982年
(昭和57年)
  • 韓国の(株)一珍化学と技術援助契約を結ぶ。
1983年
(昭和58年)
  • 「ギャルスニッポン韓国ヘアフェスティバル」をソウルのロッテホテルで開催。
1985年
(昭和60年)
  • CIを導入。
  • 「カラーストーリー」シリーズを発表。酸性カラー市場の拡大を図る。新しいヘアカラー時代の幕開け。
  • 9月、東松山にアリミノ新工場完成、移転。
1986年
(昭和61年)
  • アリミノ創立40周年。40周年社史発刊。
1987年
(昭和62年)
  • アリミノ新本社ビル完成。
  • 狭山研究所完成。
  • 金沢営業所開設。
1989年
(昭和64年)
  • COCOA出版設立
1990年
(平成2年)
  • 仙台営業所開設。
  • エーエス(仙台)設立。
1991年
(平成3年)
  • エーケー(大阪)設立。
  • 取締役副社長に田尾兵二就任。
1995年
(平成7年)
  • 代表取締役副社長に田尾兵二就任。
1996年
(平成8年)
  • 創立50周年。
1998年
(平成10年)
  • 理美容の製造メーカーからなるNBA(全国理美容製造者協会)が発足。
    会員メーカーとして参加、副会長に田尾有一社長就任。
2000年
(平成12年)
  • 21世紀に向かって、アリミノ新ロゴに変更。
  • 広島営業所開設。
  • 新スタイリング「スパイスシリーズ」発表、プロ用スタイリング剤のあり方に一石を投じ、大ヒット。
2002年
(平成14年)
  • 新システムカラー「アジアンカラー・シリーズ」発表。
2003年
(平成15年)
  • 「ルネ フルトレール」発表、サロン種目にスカルプケアの新カテゴリーを開拓。
2005年
(平成17年)
  • 大阪営業所を移転。
  • 新潟中越大震災のための義援コンサート、「KEMURI & ARIMINO "YOU GO"チャリティライブ」を実施。たくさんのサロン様の協力を得る。
2006年
(平成18年)
  • 創立60周年
2006年
(平成18年)
  • 取締役会長に田尾兵二就任。
2007年
(平成19年)
  • 福岡営業所を移転。
  • 東松山研究所開設。
  • 「カラーストーリーi」発表。
2008年
(平成20年)
  • 新スタイリング剤「ピースプロデザインシリーズ」発表。
2009年
(平成21年)
  • ケアしながら、パーマ・カラーの力をサポートするデザインサプリ「シェルパ」発表。
  • アリミノ本社、東松山研究所、狭山研究所が「ISO14001」を取得。
2010年
(平成22年)
  • 「アジアンカラーデザインエキスパート」発表。
  • (株)ザ・カミングが、アリミノインターナショナル(株)に社名変更。
2011年
(平成23年)
  • 「スパイスネオ」発表。
2012年
(平成24年)
  • 「ケアトリコ プリヴィ」発表。
  • 新「BSスタイリング」発表。
2013年
(平成25年)
  • 美容液発想のヘアカラー「カラーストーリー i プライム」発表。
  • 代表取締役社長に田尾大介就任。

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