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研究

固体 NMR 法を用いた、パーマネントウェーブによる毛髪ダメージの新たな評価手法を確立

  • 13C 固体 NMR 法などの構造解析法の詳細な検討により、パーマネントウェーブが毛髪に与えるダメージの新たな評価手法を確立した。
  • チオグリコール酸を用いたパーマネントウェーブでは、毛髪のコルテックスを形成する結晶構造が大きく変化すること、さらに、還元処理によって変化した結晶構造が、酸化処理によってある程度元の状態に戻る場合があることを明らかにした。
  • 確立した毛髪ダメージの評価手法を応用することで、毛髪へのダメージを抑えたパーマ製品や、効果的に毛髪を補修するヘアケア製品の開発が期待される。
  • 本研究内容は、第 1 回日本化粧品技術者会学術大会および第 14 回 MGK 毛髪科学研究発表会にて発表。学術誌 「Biophysical Chemistry」 に論文掲載。

背景と目的

パーマネントウェーブ(以下、パーマ)は、毛髪にウェーブを形成するだけでなく、クセやボリュームのコントロールなどにより、様々なデザイン表現を可能にする大変魅力的な技術です。パーマ剤は、主に第 1 剤(還元剤)と第 2 剤(酸化剤)で構成され、還元剤が毛髪のシスチン結合(SS 結合)を切断して毛髪の構造を緩め、ロッドに巻くことで変形が促進され、酸化剤が再結合することで形状を固定します(図 1)。このようにパーマは毛髪構造へ影響を与えることから、毛髪強度の低下などのいわゆる毛髪ダメージへとつながります。

図1. パーマがかかる大まかな仕組み

これまでの研究は引張り試験や曲げ試験などの毛髪物性に関する研究が多く、アミノ酸分析によるシスチン結合の変化量などの評価例はありますが、毛髪内部構造の詳細な評価はほとんど行われていませんでした。その理由として、毛髪内部コルテックスはミクロフィブリル(結晶構造)とマトリックス(非結晶構造)のような複雑な階層構造から構成されており(図2)、毛髪内部構造の変化を総合的に評価するための解析手法がこれまで十分に確立されていなかったためです。

図2. 毛髪の階層構造 

本研究では、これまでほとんど検討されてこなかった 13C 固体 NMR 法を用いた構造解析法を詳細に検討することで、ミクロフィブリルを構成する、α-ヘリックス構造を有するケラチンタンパク質の構造変化について明らかにすることを目指しました。

以前から検討してきた構造解析法である X 線散乱法や熱分析法も組み合せた研究結果から、最小の構造単位であるケラチンタンパク質と、その集合体であるミクロフィブリルの構造変化を併せて評価可能となり、パーマ処理における還元処理と酸化処理の各処理段階において毛髪内部構造変化を詳細に評価することが可能となりました。

研究成果 1  パーマ繰返し処理毛髪におけるケラチンタンパク質(α-ヘリックス構造)とミクロフィブリルの構造変化

化学的処理履歴の無い毛髪(未処理毛)に対して、チオグリコール酸を用いたパーマ処理を 2、4、6、8 および 10 回繰り返し施すことでパーマ繰返し処理毛を作製しました。13C 固体 NMR 法によりそれぞれの α-ヘリックスの組成量を評価し、小角 X 線散乱によりミクロフィブリルの毛髪繊維軸に対する傾きを評価した結果を、図 3 に併せて示してあります。

これらの結果から、パーマ処理によって α-ヘリックス組成量の減少が進むだけでなく、ミクロフィブリルの毛髪繊維軸に対する傾きが大きくなることが示され、毛髪内部構造の乱れがα-ヘリックスレベルおよびミクロフィブリルレベルで同時に進行することが明らかとなりました。

チオグリコール酸を用いたパーマ処理において α-ヘリックス構造への影響はほとんど無いとするこれまでの説と反する結果ですが、今回 13C 固体 NMR 法という手法を用いることで、より詳細な結果が得られたと考えられます

図3. パーマ繰返し処理毛のα-ヘリックス組成量とミクロフィブリルの毛髪繊維軸に対する傾きの変化

研究成果 2  還元のみ処理毛髪と還元後・酸化処理毛髪の α-ヘリックス組成量の変化

パーマ処理の各過程における毛髪内部構造の変化をより詳細に調べるため、還元処理のみ15分行った毛髪と、それを酸化処理まで行った毛髪を作製し、13C 固体 NMR 法により評価を行いました。その結果、還元のみ処理毛では α-ヘリックスの組成が大きく低下するだけでなく、続いて行った酸化処理により α-ヘリックスの組成がある程度回復することが明らかとなりました。

このことから、チオグリコール酸を用いたパーマ処理の還元および酸化過程において、毛髪の内部構造ではダイナミックな変化が生じていることが示唆されました。


図4. 還元のみ処理毛と還元・酸化処理毛の各構造成分の組成変化

まとめと今後の展望

チオグリコール酸を用いたパーマ処理において、α-ヘリックスレベルおよびミクロフィブリルレベルで同時に変化が進行するという、これまでの知見とは異なる結果が得られました。また、還元処理で大きく変化した α-ヘリックス構造が、酸化処理である程度回復することから、毛髪内部ではダイナミックな変化が生じていることが示唆されました。

本研究により、13C 固体 NMR 法をはじめとした複数の構造解析法を用いて、毛髪内部構造変化の詳細な評価手法を確立したことから、本手法を応用して様々な頭髪美容処理による毛髪への影響を詳細に明らかにしてまいります。得られた知見は、ダメージを抑えたより効率的なパーマ製品や、効果的な補修作用を示すヘアケア製品の開発につながることが期待されます。


発表会第 1 回 日本化粧品技術者会 学術大会
発表タイトル13C 固体 NMR による毛髪内部構造変化の解析
発表者富樫 孝幸1, 田端 真彩子1, 望月 章雅1, 田中 二郎1, 和田 香織2, 室賀 嘉夫2, 伊掛 浩輝2 1株式会社アリミノ, 2日本大学理工学部理工学研究所)
発表日2023年12 月 5 日~7 日
発表会第 14 回 MGK 毛髪科学研究発表会
発表タイトルパーマ処理による毛髪内部構造への影響:13C 固体 NMRによる解析
発表者富樫 孝幸1, 田端 真彩子1, 望月 章雅1, 田中 二郎1, 和田 香織2, 室賀 嘉夫2, 伊掛 浩輝2 1株式会社アリミノ, 2日本大学理工学部理工学研究所)
発表日2024 年 2 月 9 日
掲載誌Biophysical Chemistry (2025 年3 月号)
論文タイトルThe swelling behaviour of hair studied through the structural change of keratin protein during the permanent waving treatment
著者富樫 孝幸1, 田端 真彩子1, 望月 章雅1, 田中 二郎1, 和田 香織2, 室賀 嘉夫2, 伊掛 浩輝2 1株式会社アリミノ, 2日本大学理工学部理工学研究所)
DOIdoi.org/10.1016/j.bpc.2024.107364

用語解説

13C 固体 NMR 法

NMR(核磁気共鳴)法とは、分子構造や様々な分子間相互作用、分子の運動状態等を調べる手法。今回、13C 固体 NMR 法により、毛髪を構成するタンパク質の分子構造の組成を、そのままの状態(非破壊的手法)で定量的に評価。

・ Biophysical Chemistry 誌

1973年に創刊され、生物学的現象の物理学と化学を対象とした、定評のある国際学術誌。