ポイント
●毛髪への浸透性やなじみやすさを定量的に評価するため、ハンセン溶解度パラメータ(HSP)に着目。毛髪のHSPを算出することに初めて成功した。
●毛髪のHSPが明らかになったことで、有効成分の浸透性向上や狙った箇所への浸透など、HSPを使った新たな処方設計技術が期待される。
●キューティクルとコルテックスでは異なった性質を示した。特にコルテックスではミクロフィブリルとマトリックスそれぞれが異なる値を示し、浸透させたい箇所によって適した処方条件があることが示された。
※本研究内容は、2019年度繊維学会 秋季研究発表会にて発表。
背景と目的
毛髪への物質の浸透性向上方法はヘアケア製品の重要な技術で、トリートメント成分や染料などの有効成分を効率よく内部まで浸透させるため、日々検討が行われています。
しかしこれまでは、毛髪のキューティクルやコルテックスなどの構造などからその性質をおおまかに想像しながら、多くのトライ&エラーを繰り返して目的成分の浸透に適した処方を見つける方法が一般的でした。
物質どうしの溶解性や相溶性(=なじみやすさ)の指標として、 『ハンセン溶解度パラメータ(Hansen Solubility Parameter)(以下、HSPと表記)』 という値があります。毛髪のHSPを知ることができれば毛髪となじみやすい物質、なじみにくい物質を知ることができるため、毛髪への浸透性向上において極めて重要な情報となります。
しかし、毛髪は複雑で大きな構造を持つため、これまで毛髪のHSPが決定された例はありませんでした。毛髪はキューティクルやコルテックス、メデュラなど異なる組成や構造の組織で出来ているため、毛髪を一つのHSPであらわすことは不可能と考え、本研究ではキューティクルとコルテックスそれぞれのHSPを決定することを目指しました。
図1 毛髪の構造
研究結果①
各低分子物質により前処理した熱処理毛髪の引張り強度低下度合いの比較
図2 キューティクルのHSP
毛髪外部(キューティクル)のHSPは、毛髪を溶媒に浸けたときの表面の状態変化を走査型電子顕微鏡(SEM)にて評価し、専用の解析プログラムを用いて算出しました。
算出の結果、キューティクルと相溶する物質のHSPの範囲が図2の緑色の球として示され、その中心点がキューティクルのHSPとなります。この中心点に近ければ近いほど、キューティクルとよくなじむ(=浸透しやすい)物質であるといえます。値は油に近い性質を示したことから、キューティクルは親油性の物質と相溶しやすいことが数値として明確に示されました。
研究結果②
毛髪内部コルテックスのHSPの決定
図3 コルテックスのHSP
毛髪内部(コルテックス)のHSPは、毛髪を溶媒に浸けたときの内部構造の変化を高圧示差走査熱量測定にて評価しました。
その結果、コルテックスのHSPはキューティクルとは異なり、図3のように2つの球として示されました。この2つの球はコルテックスを構成するミクロフィブリルおよびマトリックスのHSPをそれぞれ示し、比較的油に近い性質を持つ下側の球はミクロフィブリルを、水に近い性質を持つ上側の球はマトリックスを示すと考えられます。
コルテックスが2つのHSPを示したことから、毛髪内部に有効成分を浸透させる際、ミクロフィブリルに浸透させるかマトリックスに浸透させるかによって、それぞれに適した処方条件が異なることがわかりました。
まとめ
今回の研究結果から、①毛髪を構成する各組織(キューティクルおよびコルテックス)のHSPの値を決定する方法を明らかにし、②決定されたHSPの値から各組織になじみやすい物質の範囲が数値として明確に示されました。
各組織のHSPが明らかになったことで、例えばミクロフィブリルのHSPを基準に処方作成することで、ミクロフィブリルに対して効果的に浸透するような製剤開発が可能になると考えられます。また、数値にもとづいた成分の探索が可能になるため、これまで試みたことがないような成分の組み合わせや新規成分の設計などへの応用も期待されます。
本研究成果は、2019年11月9~10日に信州大学にて開催された繊維学会秋季研究発表会にて発表を行いました。
発表会 | 2019年度繊維学会秋季研究発表会 |
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発表タイトル | 毛髪ケラチン組織のハンセン溶解度パラメータの算出 |
発表者 | 富樫 孝幸 |
発表日 | 2019年11月10日 |